「伸子」創作メモ(二)
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)忻《よろこ》んで

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 三月二十七日―四月十三日 自分台処で。きみは林町にやるスエ子の送り迎えのため
 博覧会 父の到着(父への話。今月は二つも三つも小説を書いたから大変都合がよい)
 滞在 泉岳寺、第二会場、万国街 青山墓地で倒れたこと。プリンス of Wells の歓迎門などを見る。
 Aと林町 自分
○ひとが居た方がよい心持
○友達のこと、
○教授のこと。
○肉感のことも。

 考え余りAと別々に暮すことをもち出す。A、田舎に引こんで 何も彼もすててしまうと云う。人を教えるものが妻と別れて平気で顔向けが出来るかという

 七月八日 坪内先生へ手紙
 足の工合がわるい
 一人での生活をしたい心、そのときのことを楽しく空想する

 七月二十二日 順天堂に通う。
 A大阪に立つ、自分翌日一人俥で来る 永い別れのような心持。いらっしゃいな。いや。わざわざ自分ゆく
「わざわざ来たの?」

 二十三日 林町の連中安積に立つ

○云うまい、云うまい、辛い、一思いにさしたい。云い出すと、要求ばかりになる辛さ

 七月二十五日 九時頃 坪内先生が来て下さる。
 奈良から鹿のハガキ
 カーターの魔術を見に(七月三十日)祖母をつれてゆかれる父

 八月六日 九十五度 西村さん、
 自分のヒステリー的傾向。

 十日にかえる。自分辛く、顔を見るのが苦痛。うまく笑えず H、A、
 西村、「二三度斯ういうことをくりかえして居るうちに、年をとってしまう人かな」涙をながす
 若し再び生きてかえれるなら、自分は忻《よろこ》んで死ぬ、死んで、この苦しい境遇をかえ、新しい芽のように、新生涯をふみ出すだろう。

 八月十三日 A、淋しいから林町からかえれ、という。

 八月十八日 那須に十一時の夜行で立つ。車中、五六人の東山行の団隊、丸い六十近いおどけ男、しきりに仲間にいたずらをする。紙切を結びつけたりして。

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那須
登山 三日目
四五日目、Aの退屈、夏中出来なかった仕事のエキスキュースにされる。不快
六日目 ひどい雨、あのまっくらな雨
    うらの崖、熊ささ、しぶき、かけひの湯の音
七日目、Aかえる、自分もう少しなおしたい、そこへ部屋があいたと番頭来る。「ここだけの金を払ってるんだから動く必要はない、どうせあとに人が入るのだろう」
    見晴し台での話、
    「夏じゅう、すっかり、旅行で費してしまう。――自分のために来たのでもないのに」
    「自分のためでなくていやならすぐ、かえって頂戴!」
二十八日 黒磯でわかれ安積へ来る。
    のびやかな雰囲気へのあこがれ。四人 ヒデ男、スエ子などと大さわぎ。
    母、関の「呑気でいいことね」
    「本当に其那ことをする人なら見上げるよ。私の不明もわびよう」それではおそいという心持。
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○七日 一つ夢を見る。Aが血が出るからと云って医者を呼び、傍に居る女中に気がねして少し blood が出ると云ったのまではっきりして居る。朝医師を迎えの手紙を書きつつ、それが事実に合う悲しさを感ず
 十二月喀血(六日[#「六日」に「五日」の注記])の夜そのことを話す。風呂場で、妙なセキが出るのね、と云ったとき、
 菌のこと、自分にうつって居るかもしれぬ事
 十八九日 朝零下のこと多し

○七日 寺沢一時半に来る由、
 冷静になろうとし、自分、机の前に来る。アディソンとスティールの wit よめず。我慢して十二時まで机の前に居る。左の肺尖の音が少し悪いから、鎌倉の養生院に居る知人に話し、見させようという。
 自分も見て貰う。異常なし。
 夜床につこうとして体を動し、その拍子に又出す。精神感動で手足ひやひや体をふるわす。湯たんぽ

 八日 零下。
 生活についての不安。

 九日 ケイオーの奥田喜久三来、上半身むき出しになり、従順に深呼吸したり何かするAを見る哀れさ。矢張り異常なし。

 十、十一、十二、平穏。
 十三日 少しよくなってA、学校学校とさわぐ。
 よくなって自分の仕事をして居られるのに行かないのはどうもと、義務を云々する。自分は其を姑息に感ず。

 十四日 岸博士来、左胸部浸潤
 来年二月頃まで休養
 〔欄外に〕(七)[#(七)は縦中横]○病気にかまけて居るAを見る歯がゆさ。
  聖書 マンネリズム
 ○上役に対して。
 ○パーマのこと。

 二月頃
 ○西村のこと。
  マリモ
  本屋、

 六月
 ミスタ、ミセス ピアス
 
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