ォードの能率生産というシステムなしに、フォード工場の労働者の、全生涯を部分品とする有名なメカニズムはあり得ない。あらゆる種類の労働にしたがい、勤労に従事している現代の多数の人々――すなわち読者たちは、誰だって、職場が自分たちを、それぞれの場における従順な部分品としてだけ必要としている事実を、日々の現実から知りつくしている。そのように人間性が部分品視されるに堪えがたい思いがあるからこそ、読者は、「ほんとの文学」にひかれる。そこに求めているのは、意識しているいないにかかわらず、人間らしさであり、人間らしさは、おのずから全人間的な存在の欲求である。部分品としてある環境に据えつけられたものでなく、自分で生き、自分で行動し、自分で判断して生きてゆく人間男女をあこがれている。若い人々が翻訳小説にひかれている動機もここにある。
かつては、世界で一番一人当りの貯金高の多かったイギリスの中流人の生活という安穏な日々の基盤の上に、ゴルフが流行し、同じ消閑慰安の目的にそうものとして探偵小説が発達したことには、必然があった。吉田首相がイギリスの探偵小説をよみ、日本の大衆小説をよむ所以であろう。だが、慰みと、
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