志が見せたいのかい? 思うにそいつは意志じゃない。ただ女の強情っぱりだ!」
「ドミトリー!」
 インガは思わず拳固でテーブルを打った。
「考えて口をききなさい!」
 ドミトリーはゆずらない。
「――俺はこれまでいつもまけて来た。ここじゃ譲らねえぞ。」
 インガは唇をかんだ。ドミトリーは、彼女との私的関係で工場の仕事までを動かそうとするのであろう。
「私は自分の仕事まであなたの犠牲には出来ない。」
「じゃつまり何か……万事終りか?」
「――問題をそういう風に持ってくるなら、私はあなたから去るしかないじゃありませんか。……私は仕事とあなたとをとり代えることは出来ないんだから……」
 両手で顔をおさえてドミトリーは椅子に坐っている。インガは、近よって行って、ドミトリーの髪を撫でた。ドミトリーには、ただ女友達が、妻がいったのだ。インガは、今はっきりそれを理解した。同志としてのインガの価値は、ドミトリーに、分らないのだ。インガは深い悲しみをおさえ、やさしく云った。
「――私もあなたと暮すのは苦しいのよ。分って下さい。」

 こういう状態になって、グラフィーラにまた会おうとはドミトリーも予期しなか
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