グラフィーラは醋酸を飲んだのである。

          四

 三ヵ月ほど経った或る日のことである。
 裁縫工場の午休みの時間。今日はこの休み時間に婦人労働者たちが、一つの同志裁判をやろうとしている。ボルティーコフが仕様がない。飲んだくれる。依然として女房のナースチャを木っぱよりもひどくとり扱う。労働者住宅や職場で騒ぎが持ち上る。その真中をのぞくと、いつもその中心にボルティーコフの強情な骨だらけの肩がゆらゆら揺れていないことはないのだ――。第一、婦人労働者がこんなに働いているところで、彼みたいな男を放任して置くことは、もう女たちに辛棒出来なくなって来た。
 工場クラブの広間には床几が並んでいる。赤い布のかかったテーブルがある。
 ぞくぞく陽気な婦人労働者が入って来た。てんでに床几へかける。メーラがジャケットのポケットへ両手を突こんで、やって来て、赤い布のかかったテーブルの前へ坐った。
 最後に一かたまり、賑やかに何か喋りながら入って来た連中を見ると、おや、そこで中心をなしているのは、ほかならぬグラフィーラではないか。
 これが、あの無智なグラフィーラ、自殺しそこなったグラフィ
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