かい私が。知ってるよ、いやなのは! そう云いな。何故だましてるんだ? どうして私を嬲《なぶり》もんにしてるんだよ!」
 彼女は、震える手でインガからの手紙をドミトリーにつきつけた。
「恥しらず! 卑劣漢! こんなこたなかったって云うつもりか。え?」
 黙りこくってその手紙を眺めたのち、ドミトリーはのろのろポケットへしまい込んだ。
 やがて、同じようにのろくさ云った。
「――じゃ、片をつけよう、こうなったからにゃ。」
「片をつける?」
 インガと話していた時には、とても言えないと思っていた言葉が遂に出た。ドミトリーは勇気を失うまいとしながら、グラフィーラの、家事で荒れて大きい手をとった。
「グラーシャ! わかってくれ。俺あ育ったんだ。元の俺じゃなくなったんだ。」
 月給を貰うと、まあ自分には時計の鎖でも買ったり、グラフィーラに新しいショールでも買ってやる。月に一遍夫婦揃ってお客に行く。祭の日にはせいぜいキノか芝居へでも出かける。昔のドミトリーの生活のそれが最大限度であった。家庭がドミトリーの慰安所であった。
 ところが、革命が起った。ドミトリーの生涯は新しく、闘争と餓えとの間から萌え出し
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