「我々の日常生活ん中で、貴様みたいな見本は――第一の敵だぞ。お前ん中からそいつをたたき出してやるぞ!」
工場管理者代理ルイジョフがインガに対してもっている反感は、しかしもっと複雑な内容をもっているのである。第一、自分は二十六年間生産に従事している労働者じゃないか。しかも四年間は、眠る間だって銃を放さないような生活をして来た。インガが何だ。腐ったインテリゲンツィアの女じゃないか?(糞っ! 今もソモフにそう云ったら、奴は貴様こそ偏見で腐ってると云った。そして、インガの功績を逆に説法した。彼女が素敵な組織者であること、工場の生産率を高め、生産品の原価を低めたこと。意志が強固で深い知識をもっていると云った)女! インテリ出! それだけでいい加減我慢出来ないところへ、インガは労働者で工場委員長のドミトリー・グレチャニコフを愛している。ルイジョフはそのことから引きつづいて自分を追っぱらって、ドミトリーを工場管理者代理に据えるだろうと、勝手に疑ぐっているのであった。
クラブの休憩室の物かげで、ドミトリーとインガが互にぴったりよって何か話していた。それをちらりと見たのはルイジョフである。見られたのをインガは、知らない。ソモフやドミトリー、その他多勢の労働者にとりまかれ、活々した明るい声で計画を、今度工場で拵えようとしている服の型について説明している。
「――我々は、政治や経済では新しい道を発見して行くのにどうして日常生活では、いつもヨーロッパの後ばっかり追っていなければならないんでしょう? どうして私達は、我々の日常生活があっちよりも良くて、合理的で美しいって云うのをこわがってるんでしょう。何故ヨーロッパの型ばっかり買ってなけりゃならないでしょうか?
私どもは芸術家にたのんで同じ値段で、ずっといいソヴェト型がつくれるのに。」
ルイジョフは、ズボンのポケットへ両手を突こんで、インガの積極的な研究的な提案を皮肉った。そして、彼女に当てこすって、傍にいるソモフに大声でからんだ。
「――だが。こりゃ正しいことかね? 組織はここへ、工場へ仕事するために彼女をよこした、ところが、彼女は……」
インガは思わずきき咎めた。
「何です?」
「薄暗い隅っこで若僧といちゃついてる!」
ルイジョフは、居合わせる多勢の労働者に向って叫んだ。
「見たんだ! 俺は自分で見たんだ! これが、正しいっていうのか? え?」
インガは、予期しない光景に驚いている皆の前で自制を失わず、はっきりした声でルイジョフに迫った。
「誰と? どこで?」
ドミトリーが、何か云おうとした。
「どうしてあなたが出るんです? ドミトリー。私は何にも支持して貰うに及ばない。」
彼女は、つづけてきびしくルイジョフに云った。
「イグナット! あなたは自分の云ったことを理解していますか? 私はあなたに、自分の云ったことを事実で証明するか、さもなければ、誹謗した責任を負うか、どっちかさせます。私は命令する――分りましたか? 命令する! この事件を監督委員会へ持ち出しなさい。どっちが正しいか、そこで話しましょう。」
二
工場の労働婦人にしろ、幸に好きな対手を見つければ互に晴れやかにその生活を楽しんでいる。婦人工場管理者だけは、恋愛してはいけないのであろうか? そんな理屈はない。
インガはドミトリーを本当に愛しているのであった。
彼女ほど勤労者として技量があり、美しければ、自然崇拝者は少くない。例えば、工場技師のニェムツェウィッチなどは、折さえあると、インガに云っているではないか? ――「貴女はまるで開いた窓のように私をひきつける!」或るときは、大切そうに彼女の手をとって「比類なき者!」とか「素晴らしい者」とか感歎詞を連発する。インガは、もう何十度か、そういうことはやめて呉れと云わなければならなかった。
インガは自身がインテリゲンツィアであるだけ、ニェムツェウィッチを愛せない。彼の中には古いセンチメンタルしかない。
それに反してドミトリーは、生れながらの労働者である。インガに対して、彼はニェムツェウィッチのようにこしらえ上げた文句を云うことは知らない。「僕はあなたを愛している。」そういうだけが精々だ。
インガは、ドミトリーのそういう素朴さ、生一本さとともに、彼が新たな階級として立った労働者としての積極性をもっている点を深く愛しているのであった。
が、インガとドミトリーとの間はまだ円滑に行っているとは云えない。
今日も、思いがけなく爆発したルイジョフの計略をインガは彼女独特のつよい統制力で整理したが、あとでドミトリーに云った。
「――私はもうこのままじゃやって行けない! 一緒に働いていなければどっちでもいいけれど……。すっかり一緒になるか、断然、別々になるか
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