と思う。わたし達は、自身が餓えつつあるとき、せめては何が故に、自分達はこうも飢じいのか、ということを知り学び、そこから脱出する方法を発見しようとする旺盛な人間的意欲をもつのであるから。その足しになるものなら、一冊の本の買えるうちにこそ買われなければならない。
 こういう応急的な思想性の需要と供給との現象が、現在の文化面を忙しく右往左往しているのであるが、日本ではおそらく明治開化の時代にも、日露戦争後の社会問題擡頭期にも、第一次欧州大戦後の社会科学への関心の高まった時代にも、今日見られると同じような現象が見られたのではなかったろうか。そして、真面目に社会文化の明日への進展を考えている多数の人々は、過去に於ても今日に於ても見られるこの日本型文化躍進の足どりに、この際極めて重要な実質上の進化がなければならないことを直感しているのではなかろうかと思う。言葉をかえて云えば、やむを得ない応急的なあわただしさの反面に、日本の文化はもっともっと落着いて、蘊蓄《うんちく》を深く、根底から確乎とした自身の発展的推進力を高めて行かなければ、真に世界文化の水準に到達することは困難である、という自戒を感じている
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