いえ。そんなものは見えないようでしたよ」
「じゃ、葉巻入れは?」
「ああそれは上衣《うわぎ》のポケットの中にありました」
 ホームズはその葉巻入れをひらいて、その中にたった一本残っていた葉巻の匂いをかいでみた。
「ああ、これはハバナだ。――けれど、そのほかのは、東|印度《いんど》の殖民地から輸入されるドイツ煙草で、全然何か別種の葉巻らしい。――それは君も知ってるように、大ていはストローでつつんであって、ほかの種類のものに比較すると、長さの割に細巻のものだ」
 彼はそこにある四つの吸い残りをつまみ上げて、それらを懐中レンズで調べてみた。
「このうち二つはたしかにパイプで吸われたものだが、他の二つはパイプなしで吸われたものだ」
 と彼は云った。
「それから二つの口はあんまり鋭くない刄物《はもの》で切ってあるけれども、他の二つは丈夫な歯でくい切ってある。――レーナー君、これは何だね、自殺じゃないね。これは実に巧妙に仕組んである、冷酷な殺人だよ」
「そんなことはないでしょう」
 と、探偵は叫んだ。
「なぜさ?」
「なぜって、そうじゃありませんか、首をくくらせるなんて、そんな気のきかない人殺しの
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