仕方なんてあるものですか」
「いや、それは僕たちが発見した時の死人の様子なんだよ」
「しかしそれならどこから這入って来たんでしょう?」
「前の入口からさ」
「でも今朝は、そこにはちゃんと閂がかかっていましたよ」
「そりア仕事がすんでからかけたからさ」
「だが、あなたはどうしてそれをご存じなんです?[#「ご存じなんです?」は底本では「ご存じないんです?」]」
「その跡がちゃんとあるよ。――ちょっと待ちたまえ、今、君にもっと不思議なことを見せて上げるから」
 彼は入口のドアまで歩いていった。そしてそこの鍵を、彼独得の法則にかなったやり方で調べた。それから内側にある鍵もとって、しらべてみた。また寝台も敷ものも椅子も暖炉も死体も綱も、順々にみんなしらべてみた。彼の満足が行くまで。――そうして私と探偵との手を借りて、その死骸を下におろして、うやうやしく被いものでおおった。
「この綱はどこから持って来たものなんです」
 彼はきいた。
「これから切ったんですよ」
 トレベリアン博士は寝台の下から、大きな綱の束を引っぱり出しながら、答えた。
「ブレシントンは無暗《むやみ》に火事をこわがったんです。だものですから、もし火事がおきて来て階段が燃えるようなことがあった場合、窓から逃げられるようにと云うのでこの綱を、いつも自分の側においといたんです」
「なるほどね、その綱が、彼の生命を救うどころかかえって奪ってしまったと云うわけなんですね」
 ホームズは考え深そうにそう云った。
「それで大体事件は想像がつきましたよ。――きょうの午後までには、すっかり判明させることが出来ると思います。――あの暖炉の上のブレシントンの肖像をとりおろしてもいいでしょう。ちょっと調べてみたいことがあるんですが……」
「けれど私にはまだ、何も話して下さらないじゃありませんか」
 と医者は云った。
「ああ、そうでしたね。――こう云うことだけは、この事件について疑いのない所ですね」
 ホームズは云った。
「この事件の中には、三人の男がいると云うことです。――若い男と年をとった男とそれからもう一人、――その男についてはまだどんな男か、私は手がかりがつかないでいるんですが。――しかしとにかくその初めの二人の男ですね、それは例のロシア貴族とその息子とに化けて来た男であることは、申上げるまでもないことでしょう。その男たちは、誰
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