を引き起こした原因になるべきいろいろな出来事について、きいたかね?」
「ええ、大体はききました」
「で、君の意見はどうかね?」
「私の見ました限りでは、この男は何かの恐怖のために精神に異常を来たしたものじゃないかと思うんです。――ごらんのようにベットには寝ていたらしい形跡があり、しかも彼のからだの形がそのまま深く残っています。――普通、自殺と云うものは、朝の五時頃に行われるのが一番多いと云うことはあなたも御存じの通りですが、彼の自殺もやはりその頃に行われたのじゃないかと思うんです。――しかしいずれにしてもこれは、慎重に考うべき事件らしいような気がします」
「筋肉のかたまりかたから見ると、死んでから三時間ぐらい経過していますね」
 私は云った。
「その外に、この部屋の中で何か変ったことはありませんでしたか?」
 ホームズは訊ねた。
「螺旋《ねじ》まわしと二三の螺旋を手洗い台の上で見つけました。それから前の晩にはよほどひどく煙草を吸ったらしい紙を見ました。ここに暖炉の中からひろい出した葉巻の吸いさしが四つあります」
「ふーむ」
 ホームズは云った。
「彼の葉巻パイプを持ってますか?」
「いいえ。そんなものは見えないようでしたよ」
「じゃ、葉巻入れは?」
「ああそれは上衣《うわぎ》のポケットの中にありました」
 ホームズはその葉巻入れをひらいて、その中にたった一本残っていた葉巻の匂いをかいでみた。
「ああ、これはハバナだ。――けれど、そのほかのは、東|印度《いんど》の殖民地から輸入されるドイツ煙草で、全然何か別種の葉巻らしい。――それは君も知ってるように、大ていはストローでつつんであって、ほかの種類のものに比較すると、長さの割に細巻のものだ」
 彼はそこにある四つの吸い残りをつまみ上げて、それらを懐中レンズで調べてみた。
「このうち二つはたしかにパイプで吸われたものだが、他の二つはパイプなしで吸われたものだ」
 と彼は云った。
「それから二つの口はあんまり鋭くない刄物《はもの》で切ってあるけれども、他の二つは丈夫な歯でくい切ってある。――レーナー君、これは何だね、自殺じゃないね。これは実に巧妙に仕組んである、冷酷な殺人だよ」
「そんなことはないでしょう」
 と、探偵は叫んだ。
「なぜさ?」
「なぜって、そうじゃありませんか、首をくくらせるなんて、そんな気のきかない人殺しの
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