味のある事件なんだよ。――どうぞピイクロフトさん、お話しになって下さい。私はもうしゃべりませんから……」
私たちの若い同行者は、目の玉をクルリと廻して私を見た。
「今度のことで一番に悪かったことは、私が私自身を、すっかり狼狽しちまって、まるで馬鹿のように振舞ったと云う所にあるんです。――無論、それでも私は全力をつくしてやったんです。私にはそれより外に出来ることがあるとは思えなかったんです。けれども、もし私が切札をなくしてその代りに何もとらなかったら、私は自分を、何と云う馬鹿な英国人だろうと感じたでしょう。――ワトソンさん、私はお話するのが、余り上手ではありません。――けれどありのままを申上げましょう。
私は呉服屋街のコクソンの店に務めていたんですが、この春大きな損をしまして、たぶん御存じかと思いますが、店がいけなくなっちまったんです。私はそこに五年おりました。だものですから、いよいよ店が破産する時に、私には実に立派な証明書をくれました。――無論、我々事務員は、みんなで二十七人もいたんですが、店が潰れると同時に、みんな散り散りばらばらになってしまいました。――私はあっちへもこっちへも
前へ
次へ
全43ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三上 於菟吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング