いた。そして彼の踵は、私たちの話を邪魔した、あの音を立て得るくらいに床とすれすれになっていた。私はすぐさま彼の胴に抱きついて彼のからだを持ち上げた。そしてホームズとピイクロフトとは、灰色になった皮の皺の間に食い込んでいる、ズボンツリをといた。それから私たちは彼をほかの部屋に運んで来て、そこへ寝かした。彼は石盤のような顔色になり、紫色になった唇は泡をブツブツやって、――たった五分前までは生きていた彼のからだは、恐ろしい骸《むくろ》になっていた。
「ワトソン、君はどう思うね?」
 と、ホームズはきいた。
 私は彼の上にかがみこんで診察してみた。彼の脈は弱く、絶えたりつづいたりしていた。けれども呼吸はだんだん長くなって来た。そして目ぶたは軽くふるえて、下にある薄白い眼球をかすかに見せていた。
「やってみよう」
 私は云った。
「まだ生きてる。――窓を開いて、水を持って来てくれたまえ」
 私は彼のカラーをはずして顔の上に冷《つめた》い水を注ぎかけ、そして長い自然な呼吸をするようになるまで、彼の腕を上下した。
「こうなればもう時間の問題だ」
 私は彼から離れてそう云った。
 ホームズは、彼の両手
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