して窓から外を一心に眺め初めた。そうして私たちはそのまま、私たちが新開通りへつくまで一言も彼から言葉を引き出すことは出来なかった。

        ×    ×    ×    ×    ×

 その日の夕方七時、私たち三人は歩いて、コーポレーション通りを会社の事務所のあるほうへ下っていった。
「時間が来るまでは私たちは用なしのからだですよ」
 と私たちの依頼人は云った。
「明《あきら》かに、彼は私に合うだけにあそこへ来るんです。なぜって、時間が来るまでは、事務所はガラ空きになってるって、彼が言明してますもの」
「何か曰くがありそうだな」
 ホームズは云った。
「確かにそうなんですよ。――ほら、あそこへやって来ました。」
 と、その事務員は叫んだ。
 彼は道路の反対側をいそぎ足で歩いている、小柄なブロンドのきちんとした服装をしている男を指さした。私たちが彼に注意している時、彼は馬車やバスの間から飛び出して来た。夕刊を売りながら怒鳴っている少年を呼びとめて、一枚買いとった。そしてそれを手に掴《にぎ》りながら入口から中へ消えてしまった。
「あそこへいった」
 ホール・ピイクロフトは叫んだ。
「彼が這入ってった所に事務所があるんです。私と一しょにお出で下さい。出来るだけ無雑作にやっちまいましょう」
 私たちは彼について五階まで登った。すると私たちは入口の戸が半分開きかかっている部屋の前に出た。私たちの依頼人はそこでノックした。
「お這入り下さい」
 そう云う声が、部屋の中で私たちに挨拶した。そこで私たちは、ホール・ピイクロフトが話した通りな、飾りつけのしてない丸裸の部屋の中に這入っていった。たった一つしかない机の前に、私たちが通りで見た男が、自分の前に夕刊をひろげたまま坐っていた。私は、その男が私たちのほうを振りむいた時、そんなに悲しみの跡のある、と云うより悲しみ以上の何ものかの跡、――この世の人が生涯のうちにほとんど出会うことのないような恐怖の跡のあるそんな顔を、見たことはないような気がした。彼の顔は汗で輝き、頬は魚の腹のようないやな白い色をし、そして彼の両眼は野獣的で人をジロジロ眺めていた。彼は彼の事務員を、誰だか分からないかのような顔をして見詰めた。私は私たちの指揮者の顔に浮んだ驚きを見て、それは決してその男の平常の表情ではないことが分かった。
「どこかお悪そうで
前へ 次へ
全22ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三上 於菟吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング