の位置に対して悪印象を残しているのでした。が、とは云え、よしどんなことが起きて来ようとも、私はお金を貰っているのです。そしてお見目得《みめえ》もすんでしまったのです。――私は日曜一日一生懸命に仕事を致しました。けれども月曜日までに、たったHの部までやっただけでした。で、私は雇主の所へいって、彼は同じ何の装飾もないガランとした例の部屋におりましたが、水曜日まで待ってもらうように話して帰って来ました。ところが水曜日になってもまだ終らなかったので、金曜日までのばしてしまったのです。――それが、昨日のことです。そこで私はそれをハリー・ピナー氏の所へ持って行きました。
「どうも本当に有難う」
と彼は申しました。
「思ったより仕事がむずかしかったかと恐れてた所です。この表は実によい私の助手になってくれますよ」
「だいぶひまがかかって……」
私は申しました。
「では今度は……」
彼は云いました。
「家具商の表をつくっていただきたいんです。家具商もみんな鉄具類を売りますからね」
「よろしゅうございます」
「それから明日の夕方七時にいらしって下さい。そしてどのくらい仕事をなすったか私に見せていただきとうございます。――労働過度にならないように。夕方二時間ばかりミュジック・ホールへいらっしゃるのは、一日働いたあとに害にはなりませんよ」
彼はそう云って笑いました。その時私は、彼の左側のほうの、金で不体裁に詰めてある二番目の歯を見てギクッとしました」
シャーロック・ホームズは喜んで彼の手をこすった。私は喫驚《びっくり》して私達のお客を見詰めた。
「ワトソンさん、あなたは大変お驚きになったようですが、それはこう云うわけなんです」
私たちのお客は話し続けた。
「今、ロンドンで会ったもう一人の男のことを申上げましたが、その時、私がモウソンの店へ行くことはやめようと云いますと、その男は喜んで笑ったのですが、その笑った時に私はこれとそっくりのやり方で詰められている彼の歯を見たんです。あなたもお分かりになるように、その時も今度の時も、金の光りが私の眼を捕えたのです。――そこで私は以上のことの上に、声と様子とが同じであると云うことと、そして剃刀《かみそり》と仮髪《かつら》とさえあれば人間の顔貌《がんぼう》は変えられると云うことを考え合せると、私はその二人が同じ人間であると疑わざるを得なかった
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