私は約束の時間に充分間に合うような汽車に乗ってバーミングハムへ出かけて行きました。私はひとまず新開通りにあるホテルに荷物を届けて、それから指定通りの所番地へ出かけました。
 私はそこへ約束の時間より十五分前に着いたんですが、前の晩にきいたことに何の間違いもないと思いました。一二六番地と云うのは大きな二軒の商店の間にある出入口で、曲りくねって石の階段がありましたが、そこから何階もある各階の、会社や商人の事務所へ行けるらしいのでした。――ところが、居住者の名前はそこの壁の下のほうに書いてありましたが、フランス中部鉄器株式会社なんて云うそんな名前はないのです。――私はしばらくの間、何か不安に駈られながらそこに立っておりました。これは何か念入りないたずらなんじゃなかろうかなどと考えながら。――するとそこへ一人の男がやって来て私に声をかけました。その男は前の晩私が会った奴とそっくりでして、顔形も声も同じなんです。ただその男はきれいに頭髪を刈って髪の毛を光らせていました。
「あなたはホール・ピイクロフトさんですか?」
 その男は訊ねました。
「ええ、そうです」
 私は答えました。
「ああ、そうですか。私はあなたをお待ちしてたんです。けれどあなたのほうがお約束の時間より少し早くいらっしったんです。――けさは、私の兄弟から手紙を貰らいましてね、兄弟はその手紙の中で大変あなたのことをほめておりましたよ」
「あなたがいらしった時、ちょうど、事務所をさがしてたんです」
「まだ名前を出しとかないもので。先週からここへ仮事務所をおくことにきめたばかりだものですからね。――一しょにおいでになって下さい。お話致しましょう」
 私は彼について、ずいぶん急な階段の頂上までのぼりました。と、その屋根裏に、空っぽの誰もいないほこりだらけな、敷物もしいてなければカーテンもかけてない小さいな[#「小さいな」はママ]二つの部屋があって、その中へ私は案内されました。――正直な所、私は大きな事務所を予想して来たんです。それまでと同じような、幾つものチャカチャカしたテエブルや大勢の事務員がズラリと並んでるようなそう云う大きな事務所を。――包まず申上げますが、私はその二つの安い椅子と一つの小さなテエブルとをしげしげと眺めました。その他に元帳が一冊と屑籠が一つと、それだけが全部の家具なんですからねえ。
「がっかりなすっ
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