たはモウソンのほうはどうなさるおつもりですか?」
 彼は云いました。――私はモウソンのことについては、余り喜んだので、すっかり忘れてしまっていたんです。
「手紙を書いて、辞職しましょう」
 私は答えました。
「私がお願いしないことはなさらないように。――私はあなたをモウソンの店の支配人として知ったわけです。そこで私はモウソンにあなたのことをきいてみました。すると彼は大変機嫌を悪くして、――あなたを私が誘惑してあそこの店からつれ出すか、何かそんなことをするのだと云って私を非難しました。そんなわけで私はとうとう我慢がしきれなくなってしまったんです。で、「もしあなたが有為な人がほしいなら、もっとたくさん報酬をお払いにならなくてはなりませんよ」と私は云っちまったんです。すると彼は「あの男は君の所のたくさんな収入より、むしろ僕の所の少ない収入のほうを好むよ」と云うんです。そこで私は「あらかじめお断りしておきますが、あの男が私の店へ来るようになっても、あなたはお咎めになさらないでしょうな」と云うと「僕はあの男をどぶの中から引き抜いてやったんだから、そんなに容易《たやす》くは僕の店から出て行きあしないよ」と、こう云う彼の云い草なんですよ」
「失敬な奴だな」
 私は叫びました。
「もう生涯あいつん所へは行くものか。どんな点から云ったって、何故《なにゆえ》私は彼に気兼ねをしなくちゃならないでしょう。――私は何も云ってやりますまい。あなたがそうすることに賛成して下さるなら」
「賛成! じゃ、お約束しましたよ」
 彼は椅子から立ち上りながら云いました。
「本当に、私は私の兄弟のためにあなたのような有為な人を得られて喜んでいます。――これは俸給の前払いの百|磅《ポンド》です。それからこれは手紙です。向うの所番地をお書とめになって下さい。コーポレーション街一二六番地。それから明日の一時までにいらっして下さる[#「下さる」は底本では「下る」]ことをお忘れにならないように――。じゃおいとまします。万事うまくおやりになるように」
 これがその時、私たちの間に起きたことの、ほとんどそのままなんです。私はごく最近のことなんではっきり覚えているんです。――ワトソンさん、私がその素敵な幸運に出会って、どんなに喜んだかは、想像していただけるでしょう。私はその夜嬉しく夜中すぎまで起きてました。そしてその翌日、
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