親じの一番いい鉄砲を持ち出して、打ちに出かけるんだ。しかもそう云う我が儘を、何んだか人を小馬鹿にしたような、いかにも意地の悪そうに見える横柄な顔をしてやるんじゃないか、僕はもし彼奴《かやつ》が、僕と同年輩ぐらいの男だったら、もう二十度は叩きのめしてやってるんだ。けれどホームズ、僕はこうした出来事のある間、じっと辛抱していた、そして自分が進んで何かことを起こすのは、悧巧《りこう》なことじゃないのだろうかどうかと、始終迷っていたんだ。
ところが事態は、ますます悪くなって行くんだ。この獣《けだもの》のような男のハドソンは、ますます出しゃばるようになって来て、とうとうしまいには、ある日のこと僕の目の前で僕の父親に傲慢な乱暴なことを云ったんだ。で僕はむっとして、彼奴《かやつ》の肩をひっ掴むと、部屋から外へほうり出してやったんだよ。すると彼奴《かやつ》は、真蒼な顔をして、毒々しい両眼にびっくりしたらしい表情を浮べて、ものも云わずに逃げてってしまったんだ。が、それからあとで、僕の哀れな親じと彼奴《かやつ》との間に、どんな交渉があったか知らないけれど、翌日親じは僕の所へやって来て、彼奴《かやつ》に詫びてくれるかどうかと云うんだ。無論君の想像通り断ったんだよ。そして僕は親じに、どうしてああ云う無頼漢に、親じに対してもまた家庭の内ででも、こんなに勝手なことをさせておくのかときいてみたんだ。
「ああ、お前!」
と親じは云った。
「話してしまえば、それが一番いいんじゃ。しかしお前は私がどんな立場にいるか知らんのじゃ、だが、今に話してやろう。ヴクトウ。今に、きっと話さなくてはならないような事件がおきて来ると私は思っとるのじゃ。お前はお前の可哀そうな年とった父親が、危害を加えられるなんて云うことは信じられないのじゃろうな、ねえお前?」
親じは僕の言葉にひどい打撃をこうむったようだった。その日一日部屋の中に閉じこもってしまった。そして僕が窓からのぞいて見ると、親じはいそがしそうに何かを書いていた。
するとその日の夕方のことだった。僕たちには大きな救いのように見えたことがもち上った。と云うのは、ハドソンが僕たちの家から出て行くと云い出したからだ。ちょうど僕たちはお八つを食べに食堂に集《あつま》った時、あいつは、ほろ酔い機嫌のしゃがれ[#「しゃがれ」に傍点]声で自分のその考えを云い出したのだ。
「もう英国の北の国にはあきあきしたよ」
と彼は云った。
「おいらハンプシャイアのベドウスさんとこへつっ[#「つっ」に傍点]走ろうかと思うんだ。あの人もたぶんお前さんと同様、おいらに喜んで会ってくれるだろうと思うんだよ」
「君は、何か感情を害して僕ん所から出て行くと云うんじゃないだろうね、ハドソン?」
僕の父親は云った。僕の血を煮えくら返すような屈辱的な馴れ馴れしい様子で。
「おいら詫びを云われなかった」
彼は僕のほうを意地悪そうにチラッと見ながら云った。
「ヴクトウ、お前はこの大切な客人を、失礼な扱い方をしていたとは思わないかい?」
親じは僕のほうを向いて云った。
「それどころか、僕たちは、こいつに出来るだけの辛抱をして来たと思っていますよ」
僕は答えたんだ。すると、
「おう、うぬ[#「うぬ」に傍点]ぬかしやがったな」
と彼は唸るように云った。
「野郎、よくもぬかしやがったな。覚えていろ!」
彼は足を引きずりながら部屋から出ていった。そしてそれから三十分の後、僕たちの家から出ていってしまった。気の毒なほど神経を病んでいる親じを後に残したまま。――それから毎晩毎晩、親じは自分の部屋の中を歩き廻っている足音を僕は耳にした。それはいよいよ打撃がやって来ると云うことを自覚したかのようだった」
「それからどうしたね?」
僕は熱心さを加えてきいた。
「全く思いもかけなかったようなことが起きて来たんだ。きのうの夕方だった、フォーディングブリッジの消印のある手紙が父親の所へとどいたんだが、それを読むと父親は、まるで気が違った人間のように、頭を両手で押えたまま、部屋の中をグルグルグルグル輪を書いて廻り初めたんだ。そうして僕が捕えてやっとソファの上へ腰かけさせた時には、親じの口も目も片一方引き吊って、まるですっかり気が顛倒《てんとう》していることが分かった。ですぐフォードハム博士に来てもらって、寝床の中へ運びこんだわけだ。けれど痲痺はいよいよひろがる一方で、意識を取り返えしそうもないのだ。僕は、もう到底だめだろうと思ってるんだよ」
「おそろしい話じゃないか、トレヴォ」
僕は叫んだ。
「その手紙に、何かそんな怖ろしいことを引きおこすようなことでも書いてあったのかしら?」
「なんにもないんだ。その中にはわけ[#「わけ」に傍点]の分からないことが書いてあるんだ。文句は下
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