切れなかった赤ん坊は、ますますお前の廻りで殖えて行くだろう。ますます騒がしく泣き立てるだろう。ハッハッハッハハ。
 赤ん坊がまるっきり大きくならないとしても、お前は年をとるんだよ。ヘッヘッ。
 お前は背中に止った虱《しらみ》が取りたいだろう。そいつを、赤ん坊を引き裂いたように、最後の思い出として捻りつぶしたいだろう。そいつもむつかしくなるんだ。悶え始めるだろう。
 お前は、肥っていて、元気で、兇暴で、断乎として殺戮をほしいままにしていた時の快さを思い出すだろう。それに今はどうだ。
 虱はおろかお前の大小便さえも自由にならないんだ。血を飲みすぎたんで中風になったんだ。お前が踏みつけてるものは、無数の赤ん坊の代りとお前自身の汚物だ。そこは無数の赤ん坊の放り込まれた、お前の今まで楽しんでいた墓場の、腐屍の臭よりも、もっと臭く、もっと湿っぽく、もっと陰気だろうよ。
 だが、まだお前は若い。まだお前は六十までには十年ある。いいかい。まだお前は生れてから五十にしかならないんだ。ただ、お前のその骨に内攻した梅毒がそれ以上進行しないってことになれば、まだまだ大丈夫だ。
 お前の手、腕、はますます鍛われ
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