兄弟なんだが、それに、ほんの「ポッチリ」目腐金《めくされがね》をくれてやって、お前の方の「目明し」に使うことができる。捕吏にもな、スパイにもな。
お前は、俺達の仲間の間へ、そいつ等を※[#「虫+條」、41−13]虫が腹ん中へ入るようにして棲わせておくんだ。俺達の仲間はひどい貧乏なんだ。だから、目腐金へでも飛びつく者ができるんだ。不所存者がな。
お前は、俺達を、一様に搾取するだけで倦《あ》き足りないで、そういう風にして、個々の俺達の仲間までも堕落させるんだ。
フン! 捩《ねじ》れ。 押しひしゃげ。やるがいいや。捩れるときは捩れるもんだ。そうそういつまでも、機会というものがお前を待っては居ないだろうぜ。お前が、この地上のあらゆる赤ん坊を、ことごとく吸い尽してしまおうという決心は、まったく見事なもんだ。
だが、お前はその赤ん坊を殺し尽さない前に、いいかい。誰がどうしないでも、独りでにお前の頭には白髪が殖えて来るんだ。腰が曲って来るんだ。眼が霞み始めるんだ。皺だらけの、血にまみれた手で、そこでやかましく、泣き立てている赤ん坊の首筋を掴もうとしても、その手さえ動かなくなるんだ。お前が殺し切れなかった赤ん坊は、ますますお前の廻りで殖えて行くだろう。ますます騒がしく泣き立てるだろう。ハッハッハッハハ。
赤ん坊がまるっきり大きくならないとしても、お前は年をとるんだよ。ヘッヘッ。
お前は背中に止った虱《しらみ》が取りたいだろう。そいつを、赤ん坊を引き裂いたように、最後の思い出として捻りつぶしたいだろう。そいつもむつかしくなるんだ。悶え始めるだろう。
お前は、肥っていて、元気で、兇暴で、断乎として殺戮をほしいままにしていた時の快さを思い出すだろう。それに今はどうだ。
虱はおろかお前の大小便さえも自由にならないんだ。血を飲みすぎたんで中風になったんだ。お前が踏みつけてるものは、無数の赤ん坊の代りとお前自身の汚物だ。そこは無数の赤ん坊の放り込まれた、お前の今まで楽しんでいた墓場の、腐屍の臭よりも、もっと臭く、もっと湿っぽく、もっと陰気だろうよ。
だが、まだお前は若い。まだお前は六十までには十年ある。いいかい。まだお前は生れてから五十にしかならないんだ。ただ、お前のその骨に内攻した梅毒がそれ以上進行しないってことになれば、まだまだ大丈夫だ。
お前の手、腕、はますます鍛われて来た。お前の足は素晴らしいもんだ。お前の逞しい胸、牛でさえ引き裂く、その広い肩、その外観によって、内部にあるお前自身の病毒は完全に蔽いかくされている。
お前が夜更けて、独りその内身の病毒、骨がらみの梅毒について、治療法を考え、膏薬を張り、神々を祈願し、嘆いていることは、まだ極めて少数の赤ん坊より外知らないんだ。
だから、今、お前はその実際の力も、虚勢も、傭兵をも動員して、殺戮本能を満足さすんだ。それはお前にとってはいいことなんだ。お前にとって、それはこの上もなく美しいことなんだ。お前の道徳だ。だからお前にとってはそうであるより外に仕方のない運命なんだ。
犬は犬の道徳を守る。気に入ったようにやっていく。お前もやってのけろ!
お前はその立派な、見かけの体躯をもって、その大きな轢殺車《れきさつしゃ》を曵いていく!
未成年者や児童は安価な搾取材料だ!
お前の轢殺車の道に横わるもの一切、農村は蹂《ふみにじ》られ、都市は破壊され、山野は裸にむしられ、あらゆる赤ん坊はその下敷きとなって、血を噴き出す。肉は飛び散る。お前はそれ等の血と肉とを、バケット・コンベヤーで、運び上げ、啜《すす》り啖《くら》い、轢殺車は地響き立てながら地上を席捲する。
かくて、地上には無限に肥った一人の成人と、蒼空まで聳える轢殺車一台とが残るのか。
そうだろうか!
そうだとするとお前は困る。もう啖《くら》うべき赤ん坊がなくなったじゃないか。
だが、その前に、お前は年をとる。太り過ぎた轢殺車がお前の手に合わなくなる。お前が作った車、お前に奉仕した車が、終に、車までがおまえの意のままにはならなくなってしまうんだ。
だが、今は一切がお前のものだ。お前はまだ若い。英国を歩いていた時、ロシアを歩いていた時分は大分疲れていたように見えたが、海を渡って来てからは見違えたようだ。「ここ」には赤ん坊が無数にいる。安価な搾取材料は群れている。
サア! 巨人よ!
轢殺車を曵いて通れ! ここでは一切がお前を歓迎しているんだ。喜べこの上もない音楽の諧調――飢に泣く赤ん坊の声、砕ける肉の響き、流れる血潮のどよめき。
この上もない絵画の色――山の屍、川の血、砕けたる骨の浜辺。
彫塑の妙――生への執着の数万の、デッド、マスク!
宏壮なビルディングは空に向って声高らかに勝利を唄う。地下室の赤ん坊の墳墓は、窓か
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