が減って、グニャグニャになっていた。
 おもては、船特有の臭気の外に、も一つ「安田」の臭いが混ざって、息詰らせていた。
 水夫達は、死体の周囲に黙って立っていた。そして時々、耳から耳へ、何か囁かれた。
 コーターマスターは、ボースンの耳へ口をつけた。
「死んだのかい」
「死んだらしい」
「どうしたんだい」
「やけに呷ったらしいんだ」
「フーム」
「………………」
「で、水葬はいつかい」
「一運に一度訊いて見よう」
「酒が、わるかったんだね」
「ウム、どうもはっきり分らねえ。悪い病気じゃないといいが……」
 明日、水葬する、と云うことに決った。
 安田は、水夫たちの手に依って、彼のベッドへ横たえられた。
 大豆粕のように青ざめていた。
 彼の死に顔は、安らかに見えた。そして、こう云ってるように見えた。
「もう、どんな者にも搾られはしない」

 これ以上搾取されることが厭になった、と云う訳でもあるまいが、安田の死体が、未だ海の中へ辷り込まない、その夜、一人のセイラーと、一人の火夫とが、「又酔っ払った」
 第三金時丸は、沈没する時のように、恐怖に包まれた。
「コレラだ」と云うことが分ったのだ。
 船長、一運の二人が、おもてへ来て、「酔っ払って、管を巻いてる」患者を見た。
 二人の士官が、ともへ帰ると、ボースンとナンバンとが呼ばれた。
 彼等は行った。
 船長は、横柄に収まりかえっていられる筈の、船長室にはいなくて、サロンデッキにいた。
 ボースンとナンバンとが、サロンデッキに現れるや否や、彼は遠方から呶鳴った。
「フォア、ピーク(おもての空気室――船の云わば浮嚢――)のガットを開けろ。そして、死人と、病人とを中へ入れろ。コレラだ! それから、病人の食事は、ガットから抛り込むことにするんだ。それから、おもての者は、今日からともに来ることはならない。それから、少しでも吐いたり、下したりする者があったら、皆フォアピークへ入れるんだ。それから。エー、それから、あ、それでよろしい」
 船長は、黴菌を殺すために、――彼はそう考えた――高価な、マニラで買い込んだ許りの葉巻を、尻から脂の出るほどふかしながら、命令した。
 ボースンと、ナンバンは引き取った。
 フォアピークは、水火夫室の下の倉庫の、も一つ下にあった。
 その中は、梁や、柱や、キールやでゴミゴミしていた。そこは、印度の靴の爪
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