あ、と、ハッパの済むまで怒鳴り続ける必要があつた。
 十一月中旬の麗かな一日であつた。
 天竜川中流の、峻嶮極まる峡谷地帯で一日中日照時間が三時間だとか四時間だとか云ふ地帯にも、こんないい日があるかと思はれるやうな、人の心も清々しくなるやうな一日であつた。
 A橋の十間ばかり下流、殆ど天竜川本流への流入口近くで、冴えたセットの音が、チーン、チーンと聞えて来た。
 梃でも[#「梃でも」は底本では「挺でも」]動かない玉石へ、ハッパ穴を穿《く》つてゐるのだつた。タガネとセットとの、二つの鋼鉄から出る音は、澄んだ浸み透るやうな音楽的な音を立てて、山の空気を震はし、川瀬の音と和して、いい気持に人々を誘ひ込んだ。
 それは百姓屋とそれに食ひ込んだやうな飯場の真下あたりの処だつた。
 ハッパの破片は、主として石に穿られた穴の方向に飛ぶものなので、太田は天竜川の方から上流の方を向けて穴を穿つてゐた。
 天竜川の方に石が飛ぶのならば、危険は割合に少なかつたからであつた。
 尤も全然危険がない訳ではなかつた。
 一度などは、二十数本もの導火線がシューシュー煙を吐き出してゐるのに、川舟が上流から勢よく下つて
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