えないで、知らない近隣の人々であつた。
 万福の、幼くして逝つたむくろは、いつか私が訪ねた時と同様に、布団の下に長くなつてゐた。

 私は型の如く線香を立て、合掌して、黙つて飯場を出た。その日もやはり天気がよく、薄暗い飯場から出た私は眩しかつた。
 陽は暖かく背中を照りつけた。
「どうする?」
 と一緒に出て来た太田が云つた。
 その意味が、私には分らなかつた。「どうする?」どうすることが出来るであらう。可哀相な万福は死んでしまつたのだ。どうして見たところで取りかへしはつかないのだつた。これからすることは、すべて生き残つた人たちの、死者に尽す礼だけなのだ。
「どうするつて、お葬式をしなければならないだらう」
「それはさうだ。が……」
 と、私と向き合つて立つた太田は、地下足袋の先きで、川砂から砂利を掘り起こしたり、ひつくりかへしたりして、それを瞠めながら何か考へてゐた。
「万福のお父さんはどこへ行つたんだらうね」と、私は訊いた。
「医者に診断書をとりに行つたんだ」
 とにかく、死人の父の意嚮に従つて葬式を出さねばならなかつたので、医者の待合室に待つてゐるだらう万福の父に相談して、それか
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