で、無意識に、万福の頭を撫でてゐた。そろつと、そろつと。
 そして私の出来ることは、ただ、それつ切りであつた。
 私は、どの位の間、さう云ふ放心状態にあつたか、とにかく、万福の父は、私がフト気がつくと、私に話しかけてゐるのであつた。もう随分、長く、いろいろと話してゐるのだと見えて、話のつながりが分らなかつた。よしんば話のつながりが分つたところで、私にはどうすることも出来なかつた。
 大体、私がフラフラの万福の容態を見舞ひに来たのは、万福の負傷や、その経過についての心づかひからだけではなかつたやうだつた。
 私自身に力をつけるためもあつたやうだ。と云ふのは、人は貧困や、負傷やのドタン場に陥ると、死に近づいてゐることのために、かへつて生命の方に向つて、あらゆる努力で手をさし延ばすからであつた。
 負傷者自身が、もう生命への気力が萎えてしまふと、今度は、側の者が、その人間になり代つても、何とか出来ないかと、夢中になるのであつた。それは理屈ではなかつた。同情や憐愍と云ふ言葉にも嵌り切らない、何か本能的のものであつた。
 ジワジワと習慣的に貧困に慣れ、習慣的に栄養不良や、栄養不足から、生命を離れ
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