の中に食ひ込むやうに感じられた。
私はその時、悲しいとか、哀れだとか、気の毒だとか云ふ感じよりも、「困つた」と云ふ気持の方が多かつた。途方に暮れると云つた方が確かだつたであらう。
万福は今、私がどのやうにして見たところで、私には手がつけられない状態にあつた。万福の父も同様だつた。それ等を養つてゐる安東にも、私は手を貸すことが出来なかつたし、私自身さへも、その時、私の家族――子供たちから「帰らうよ、帰らうよ」と、せがまれてゐた。
私にはどこに「帰る」家があり、故郷があらう! 子供たちは自分の生れた処、又は、ここに来る以前の土地が故郷であつた。だが、その土地を喰み出された私たちではなかつたのか。
万福も、きつと、労働不能に陥つたその父に、「帰らうよ、帰らうよ」と云つてせがんだのではあるまいか。その母に、泣いて訴へたことがあつたのではあるまいか。
もし、万福がその父母に泣いて「帰らうよ」とせがまなかつたとしたら、どうだらう。そんな小さな子供にまで、「帰るところが無い」と、思ひ込ませるやうな日常の境涯に、この家族たちは置かれてゐたのだ。
私は放心したやうな状態で、豆とヒビだらけの掌
前へ
次へ
全22ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング