ハッキリ云へば、いい気持なのだ。いい気持になるなと私は自分に云つて聞かせてゐる訳ではない。いい気持になれば、それに越したことはないのだ。だが、いい気持になると云ふことは今の世の中では、さうたんとあるものではないのだ。
 私はいつものくせで、その薄暗い飯場の中で考へ込まうとしてゐた。
 万福の父は、矢張り腰をかがめたまま、私の腰を下した上り口を、斜になつて上に上つた。そして、私の眼の前に、その左足を投げ出して坐つた。
「どう云ふもんでがすかなあ、先生は傷は癒つたが胃が悪くなつた、と云はれるんですがな。ひよつとすると、傷の方から来た胃病かも知れんが、それはまだハッキリは分らんと云ふんです。おでこに怪我をして胃が悪くなるちうことがあるもんでがすかなあ。御免なさい。足を投げ出したりしてゐて。これもをかしな話でしてな、堰堤の方で働いてゐる時に、上の方の切り取りから、小さな石ころが一つ落つこつて来ましてね、わしの背中に当つたんでがすよ。それから今ではもう半年になりますが、その半年の間に、頭が痛んだり、腰が痛んだり、石の当つたところが痛んだり、方々、痛い処が出きよつたですが、今になつて足がうまいこと
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