て、始終眠くて堪らないと云つた風な状態で、死の方に近づいて行く人々にとつても、他の人の臨終を見ると云ふことは、その眠む気に似たものを一瞬吹き飛ばし、燃えるやうな生命の力を電光のやうに感じさせる刹那なのであつた。
私はハッキリさう意識して、万福を訪問したのではなかつた。そんな功利的な気持ではなかつたが、……詮索すれば、人間の美しいとされてゐる行為にも、裏があるのだつた。
万福のトゲトゲした衰へた顔を、眼の焦点を合はせる訳でもなく見守つてゐた私は、生命と云ふものを考へた。
万福の生命は、万福と共にあるのだ。
「たうとう万福が死んだ」
と、太田が私に告げに来た。
私は松丸太の枕木の上に腰を下して、スパイクを抜いてゐた。太田は私と並んで腰を下して、投げ出すやうに云つた。
「可哀相なことをしたねえ。可愛いい子だつたが」
と、私は金棒(スパイク抜きの)を、足下に転がして、
「ぢやあ、とにかく、行かう」
「直ぐに行つてくれるかね」
「今からね。何にも尽すことは出来ないかもしれないが」
万福の飯場に行つて見ると、色紙をどこからか買つて来て、それを切り抜いてゐた。
万福の父や母の姿は見えないで、知らない近隣の人々であつた。
万福の、幼くして逝つたむくろは、いつか私が訪ねた時と同様に、布団の下に長くなつてゐた。
私は型の如く線香を立て、合掌して、黙つて飯場を出た。その日もやはり天気がよく、薄暗い飯場から出た私は眩しかつた。
陽は暖かく背中を照りつけた。
「どうする?」
と一緒に出て来た太田が云つた。
その意味が、私には分らなかつた。「どうする?」どうすることが出来るであらう。可哀相な万福は死んでしまつたのだ。どうして見たところで取りかへしはつかないのだつた。これからすることは、すべて生き残つた人たちの、死者に尽す礼だけなのだ。
「どうするつて、お葬式をしなければならないだらう」
「それはさうだ。が……」
と、私と向き合つて立つた太田は、地下足袋の先きで、川砂から砂利を掘り起こしたり、ひつくりかへしたりして、それを瞠めながら何か考へてゐた。
「万福のお父さんはどこへ行つたんだらうね」と、私は訊いた。
「医者に診断書をとりに行つたんだ」
とにかく、死人の父の意嚮に従つて葬式を出さねばならなかつたので、医者の待合室に待つてゐるだらう万福の父に相談して、それから川向ひの製材所に行つて、棺桶の板を持つて来よう、と云ふことにして、私たちは歩き出した。
飯場街で飼つてゐる豚だの、山羊だの、鶏だのは、平和に鳴いてゐた。
夏の大洪水で流された飯場の跡は、綺麗な砂浜になつてゐた。そこでは豚の児を引つ張り出して、万福位の、未だ学校に上らない年輩の子供たちが、その耳を掴んで、丸つこい背に乗つて遊んでゐた。豚の児が水溜りに入ると、子供たちは足を上げて水に濡らさないやうにしたり、水溜りから追ひ出すために、外の子たちが竹の棒でつつついたりしてゐた。
外の一群は山羊の仔と角力をとつてゐた。
山羊の仔は迷惑がつて、逃げようとするのだが、周りに一杯子供たちがゐるので、逃げることも出来ないで、のび上るやうに首を上げて、メーと鳴いたりするのだつた。
その砂浜は、幾度飯場を建てても、洪水の時に必ず流されて終ふので、今では、誰も諦めてしまつて、子供たちの運動場になつてゐた。
私たちは、そこを通りかかつた時、云ひ合はしたやうに、足を止めて、その戯れに眺め入つた。
子供たちの中には、太田を見付けて、
「おぢさん」と駆けて来て、半天の裾にブラ下るものもあつた。
太田は、子供にブラ下られると、その頭を撫でてやつた。そして、馬が蠅を追つぱらふ時のやうに首を振つた。
私もそのやうに首を振りたかつた。もし、万福の死の事が、そのために忘れられるのだつたら。
私たち二人は、そのことについて、一言も云ひはしなかつたが、万福の死について、申し訳が無い、と云ふことを、心の中に深く蔵ひ込んでゐた。それが直接の原因であらうと、全く関係がなからうと、とにかく、ハッパの石に当つて怪我をしたのだ。その後一月ばかりで「飯が食へなくなつて」死んだのであつた。
陽は汗ばむほど暖かかつた。
山羊と角力をとつてゐる子などは、汗をかいて、汚れた手で拭くので、真つ黒になつてゐるものもゐた。
いつまでも子等の遊びに見とれてゐる訳にも行かないので、川原から断崖の下の道に上つて、私達は上流に向つた。
飯場街と飯場街を繋ぐところに、やはりバラックの商店街があつた。
そこは停留場の真下三百尺位の、石崖の下で、発電所に近かつた。
そこで、私たちは太田の父に会つた。
太田の父は、何か憤つたやうな声で、太田に話しかけた。
私は一歩避けて、二人の話のすむのを待つてゐた。が、二人の話
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