造つてゐた。
 それは東京の郊外にある細民街とよく似た部落を形造つてゐた。その一部落の川岸寄りの、二番目か三番目の、通りとは名づけられないが、とにかく人の通り抜けるために出来た細長い、狭い空地に向つて、万福たちの飯場の、蓙を卸した三尺幅の出入口が開かれてあつた。
 丁度、昼食後の休みの時間を利用して、私は行つたので、食事に戻つた労働者や、その機会を利用しての友達などの往来で、バラック街は頬張つたやうに膨れかへつてゐた。
 蓙を上げて私は飯場に首をつつ込んだ。
「今日は」
 と云つて置いて、それから私は入つて行つた。外はやはりうららかないい日であつたが、飯場の中は真暗であつた。窓が無かつたからであつた。
「今日は」
 と答へがあつて、誰かが、暗い中から動いた気配がして、私の立つてゐる川砂の土間の方へ立つて来た。そして、私の立つてゐる傍を通り抜けて、私の後ろに垂れ下つてゐる入口の蓙を上げた。
 そこで漸く、飯場の中が明るくなつた。
 飯場の内部は、土間と、二つの部屋から出来てゐた。入口の方を向つて、石油箱だの、ビール箱だの、ダイナマイトの箱だのが、上手に按配して積み上げられてゐた。その各々は衣類箪笥だの、食器棚だのの役目を果してゐるのだつた。
「まあ、おかけなして」
 と、立つて来た万福の父が、腰をかがめて信州訛りで私に言つた。
「御無沙汰しちまつて。万福ちやんの怪我はどうですか」
「へえ、お世話になりました。怪我はもう癒りましたが、あれから、飯が食へなくなりましてなあ」
 私は床の低い部屋の上り口の、蒲呉座の上に腰を下しながら、不吉な予感に脅えた。
 入口を入るまでは、私は万福が快癒し、元気に遊んでゐる姿を見て、私自身も一緒に喜べるだらう、都合によつたら、感謝の辞まで「せしめる」ことが出来るかも知れない、きつとさうだ。と思ひ込んでゐたのだつた。
 無意識ではあつたが、もし、私が自分の心の中にもつと頭を突つ込んで、蚤取り眼で詮索したならば、「僕は決して君たちを軽蔑しないよ。だから君たちは僕を尊敬しなければならんぢやないか」と云ふ風な商取引きのやうな心理がなかつた、とは云へないのだ。いや、こんな心が、きつと、どこかにあつたのだらう、と私は思ふ。もしあつたとすれば、それはもう、蝦で鯛を釣るやうなものではないか。とにかく人から感謝されると云ふことは決して悪い気持ではないのだ。
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