ために、家を出たのだつた。
 そして、家を出る時に、小学校に今年上つた女の児が、
「お母あさん。もうお米がないのね」
 と、米櫃を覗き込んで云つたのだつた。
 日曜だつたので、小学校四年の男の子も、私もそれを聞いてゐた。私の場合では聞かなくても知つてゐた。その為の打開策を、もう三年以上も考へあぐんでゐたのだつた。
 が、子供たちには、その日、米櫃が空になつてゐることが、何かギクッと来たらしかつた。
 町中の雰囲気や、駅頭の雰囲気と、子供たちの生活の本拠の家の中の雰囲気とが、何か違つたものを感じたのであらう。
 華々しいもの、潔いもの、勇壮なるもの、さう云つたものから、子供の家へ帰ると、ひつそりと沈んだ冷え冷えとしたものが、両親の体臭のやうに、家中を靄のやうに立ちこめてゐた。
 子等は生れると直ぐから、決して裕福には育たなかつた。裕福などころか、転々として居を追はれる両親に附いて、町から村へ、山へ峡谷へと、土方や坑夫の間を、ひどく簡素な生活の間を生ひ育つた。米櫃が空だなどと云ふことは日常の事であつた。
 だが、今度ばかりはどこか違ふ、と云ふことを、動物的に直感したらしかつた。その内容は子
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