氷雨
葉山嘉樹
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)魚籠《ビク》
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(例)[#地から1字上げ](昭和十二年十二月)
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一
暗くなつて来た。十間許り下流で釣つてゐる男の子の姿も、夕暗に輪廓がぼやけて来た。女の子は堤の上で遊んでゐたが、さつき、
「お父さん、雨が降つて来たよ」
と、私に知らせに来た。
「どこかで雨を避けておいで」
と返事をしたまま、私は魚を釣り続けてゐたのだが、堤には小さな胡桃の木以外には生えてゐなかつた。それも秋も深んだ今では、すつかり葉を落してしまつて、裸で立つてゐるのだつた。
兄の方が、釣り竿を堤防の石垣の穴にさし込んどいて、
「かうして屋根を葺くんだよ」
と云つて、堤の上に乾してあつた乾草を胡桃の枝に渡して、屋根を葺いてやつた。
多分この乾草は、軍に献納した馬糧の残りであらう。その一ヶ月前位に、農民たちは腹までも川の水に浸つて、三角洲に生えた丈の長い草を苅りに、川を渡つて行つたのを私は見てゐたから。
いつもなら、子供たちは、「もう帰らうよ、暗くなつたぢやな
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