た。細君は亭主と正面に向き合つて、「論告」を下してゐた。
 傍聴席には、その両親の子供たちが、ハッキリ数へることは出来なかつたが、七八人、或は十人もゐたかもしれなかつた。
「お前だけ酒を飲んで面白いかもしれないが……」
 それだけ私は聞きとつた。
 その夜は、囲炉裏の自在鍵には鍋がかかつてゐなかつた。火も燃えてゐなかつた。
「さては米代を飲んぢまやがつたな」
 と腹の中で云つて、私は首をすくめた。
 屋根板を削るのや、頼まれて日雇に行くのが、その家の業だつた。
 私はその夫婦の両方に同情した。
 セリフは私の家でも同じだ。日本中、いや世界中、このセリフは共通してゐるだらう。そしてこのセリフ位、古くならないで、何時も鋭い実感を伴つて、亭主野郎の頭上に落ちて来るものも少ないだらう。
 ジグスのやうに、パンのし棒でのされるにしても、あのやうに朗に飲めるのならば、酒は確かに百薬の長だが。
 親子心中を一日延ばすために、飲んだとなると、効き目が一寸あらたか過ぎる。
「どんな子だい。あの家の子は?」
 と、私が男の子に訊くと、
「あだ名をダルマつて云ふんだよ。憤ると頬つぺたを膨らませるんでね。それ
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