傷口のような月は沈んだ。海は黒く眠っていた。
 彼の、先天的に鋭い理智と、感情とは、小僧っ子の事で一杯になっていた。
 四十年間、絶えず彼を殴りつづけて来た官憲に対する復讐の方法は、彼には唯一つしかないと信じていた。そして、その唯一つの道を勇敢に突進した彼であった。
 その戦術は、彼の(家)に帰れば、どの仲間もその方法に拠った、唯一の道であった。
 が、乳色の、磨硝子の靄を通して灯を見るように、監獄の厚い壁を通して、雑音から街の地理を感得するように、彼の頭の中に、少年が不可解な光を投げた。
 靄の先の光は、月であるか、電燈であるか、又は窓であるか、は解らなかったが光である事は疑う余地がなかった。
 光を求めて、虫は飛んだ。
 彼は虫のやり方を取った。が、人は総て虫のやり方でやらねばならないと云う法はなかった。外のやり方もあった。が彼には、外のやり方が解らなかった。
(訳の分らねえ小僧たちだよ、奴等は俺たちとは異った眼を持ってやがるんだよ。無気味な、末恐しい小僧たちだよ。そのくせ、いやに明けっ放しでいやがる。全で、良い事でもしてるような調子だよ。俺にゃ、残念だが解らねえよ。怪我のねえよう
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