込まれてしまった。
「これで、当分は枕を高くして寝られる」と地主たちが安心しかけた処であった。
枕を高くした本田富次郎氏は、樫の木の閂でいきなり脳天をガンとやられた。
青年団や、消防組が、山を遠巻きにして、犯人を狩り出していた。が、青年団や消防組員は、殆んど小作人許りであった!
勿論、当局が小作人組合に眼を光らさぬ筈がない。けれども、監獄に抛り込んである首謀者共が、深夜そうっと抜け出して来て、ブン殴っておいて、またこっそりと監房へ帰って、狸寝入りをしている、と云う考えは穿ちすぎていた。けれども、前々からそう云う計画が立てられてあっただろう、とは考えられない事でもなかった。
従って、収監されていた首魁共は、裁判所へ引っ張り出された。その結果は、彼等は、「誰か痛快におっ初めたものだな!」と云う事を知った。彼等は志気を振い起した。
残っていた連中も、虱つぶしに引っ張られた。本田家の邸内を護衛していた、小作人組合に入っていない、青年団の青年たちや、消防組員までも、一応は取調べを受けた。
これは一つの暗示であった。
地主共は、誰を信じてよいか?
消防組、青年団は、何のために護衛し、非常線を張り且つ(調べられる)か?
家族の者とても、取調べを受けない訳には行かなかった。片っ端から母を異にする兄弟姉妹の間に、何かありはしないか? 最近の犯罪傾向が暗示する、骨肉相殺がないか?
人々は信ずる処を失ってしまった。滅茶苦茶であった。虚無時代であった。恐怖時代であった。
棍棒は、剣よりもピストルよりも怖れられた。
生活は、農民の側では飢饉であった。検挙に次ぐ検挙であった。だが、赤痢ででもあるように、いくら掃除しても未だ何か気持の悪いものが後に残った。
「こんな調子だと、善良な人民を監獄に入れて、罪人共を外に出さなけりゃ、取締りの法がつかない」と、「天神様」たちは思わない訳には行かなかった。
だが、青年団、消防組の応援による、県警察部の活動も、足跡ほどの証拠をも上げることが出来なかった。
富豪であり、大地主であり、県政界の大立物である本田氏の、頭蓋骨にひびが入ったと云う、大きな事実に対して、証拠は夢であった。全で殴ったのは現実の誰かではなくて、人魂ででもあるようだった。
生霊や死霊に憑かれることは、昔からの云い慣わしであった。そして、怨霊のために、一家が死滅した
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