子だからね」
「吉田君、早く来て呉れないと困るね 待っ……」
 中村は口を噤んだ。
「ハハハハハ。誰かが待ってるのかい。いいよ。待ってる方は痺れを切らしても、逃げると云う事はないからね。今行くよ」
「お前、又長くなるのじゃあるまいね」
 病み疲れた、老い衰えた母は、そう訊ねることさえ気兼ねしていたのだが、辛抱し切れなくなって、囁くように言った。
「大丈夫ですよ。お母さん、直ぐ帰って来ますよ、坊やを連れて行って来まさ」
(大丈夫ですよ、向うの気の済むまで居て来ますよ。気休めに坊やだけ、向うまで連れて行ってやりますけれどね)と云う方が真実であった。
 勿論、直ぐ帰れる筈のない事は、吉田には分り切っていた。劃時代的な二つの階級間の闘争が、全市から全日本[#「日本」に「×」の傍記]の相互の階級を総動員して相対峙していたのだ。それは国際階級戦の一つの見本であった。
「連れて行ってくれる! ね、父ちゃん。坊やを連れて行って呉れるの。公園に行こうね。お猿さんを見に行こうね。ね、そしてお芋をやろうね」
「ああ、いいとも、公園に行くんだ。そして公園でおとなしくお猿さんと遊ぼうね」
「公園に行こうね、おし
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