泣き声と一緒に、訴えるような声で叫んで、その小さな手は、吉田の頸に喰い込むように力強くからまった。
 人生の、あらゆる不幸、あらゆる悲惨に対して殆んど免疫になってはいた吉田であった。不幸や悲惨の前に無力に首をうなだれる吉田ではなかった。どんな困難な境遇に立っても客観的な立場を守って、的確な判断と作戦とを誤らなかった彼ではあった。彼の心の中にどっしりと腰を下して、彼に明確な針路を示したものは、社会主義の理論と、信念とであった。
(俺だけじゃないんだ! 三千の兄弟たちが、あの光り輝く工場の中の部署についている三千の兄弟たち、あの工場以外のどの工場にも、労働者街にも溢れている、全プロレタリアの均しく背負っている苦痛なんだ。全てのプロレタリアが此苦痛に負けた時、どうなるんだ! 勝て! 俺一人位はいいだろう、と云う怯懦の中から、全プロレタリアの陣営が総崩れになるんだ。起て! 此子供のためにも! 俺が子供に贈物にする事の出来そうな唯一の望みは、プロレタリア解放運動の上にかかっているんだ!)
「ああ、行きゃしないよ。坊やと一緒に行くんだからね。些も心配する事なんかないよ。ね、だから寝ん寝するの、いい
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