此儘行ったんじゃ困る。家中に二十銭しかない。二十銭では何ともならない。何とか都合しといてからでないといけない。おふくろも子も乾上っちまう。さて)
 吉田は、そう考えることによって、何かのいい方法を――今までにもう幾度か最後の手段に出た方がいい、と考えたにも拘らず、改めて又、――いい方法を、と、それが汗の中にでもあるように汗みどろになって、全速力で考え初めた。だが、汗は出たが、いい考えが浮く筈がなかった。
「明日でもいいでしょう、と云ったんだが、どうしても直ぐにって署長の命令だからね、済まないが、直ぐに来て貰いたいんだ。直ぐに帰すからね」
 中村は、こう云うと、又煽ぎ立てた。
(へ、すぐに帰す! 極り文句を云ってやがらあ)
「何しろ夜中じゃしようがないよ。子供を手離せないもんだからな。嬶が病院に行ってるから、一人は俺が見てやらなけゃ、ならないんだよ。まあ、朝まで待って呉れよ」
 子供は、吉田と中村との話を、鋭く聞いていた。そして、自分が生れると直ぐの年から、母親の背に縛りつけられて、毎年、警察や、裁判所や、監獄の門を潜ったことを思い出した。
「父ちゃん、いやだよ。行っちゃいやだよう」
 
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