間もなくかすかな鼾《いびき》さえ立て始めた。
 安岡は自分の頭が変になっていることを感じて、眼をつむって、息を大きくして、頭の中で数を数え始めた。
 一、二、三、四、
 五十一、五十二、
 四百、四百一、四百二、
 千二百十、千二百十一、千二百十二、
 彼のやや沈静した頭が、千二百十二を数え終わった時、再び彼は顔の辺りに、人間の体温を感じた。が、彼はこんどはいきなり冷水をぶっかけられたように、ゾッとしはしたが千二百十三、千二百十四と、数珠《じゅず》をつまぐるように数え続けた。そして身動き一つ、睫毛《まつげ》一本動かさないで眠りを装《よそお》った。
 電燈がパッと、彼の瞼《まぶた》を明るく温めた。
 再び彼の体を戦慄《せんりつ》がかけ抜け、頭髪に痛さをさえ感じた。
 電燈がパッと消えた。
 深谷が静かにドアを開けて出て行った。
 ――奴《やつ》は恋人でもできたのだろうか?――
 安岡は考えた。けれども深谷は決して女のことなど考えたり、まして恋などするほど成熟しているようには見えなかった。むしろ彼は発育の不十分な、病身で内気で、たとい女のほうから言い寄られたにしても、嫌悪《けんお》の感を抱
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