岡も感じていた。
 安岡は淋しかった。なんだか心細かった。がもう一学期半辛抱すれば、華やかな東京に出られるのだからと強《し》いて独り慰め、鼓舞していた。
 十月の末であった。
 もう、水の中に入らねばしのげないという日盛りの暑さでもないのに、夕方までグラウンドで練習していた野球部の連中が、泥と汗とを洗い流し、且《か》つは元気をも誇るために、例の湖へ出かけて泳いだ。
 ところがその中の一人が、うまく水中に潜って見せたが、うまく水上に浮かび上がらなかった。あまり水裡《すいり》の時間が長いので、賞賛の声、羨望《せんぼう》の声が、恐怖の叫びに変わった。
 ついに野球のセコチャンが一人|溺死《できし》した。
 湖は、底もなく澄みわたった空を映して、魔の色をますます濃くした。
「屠牛《とぎゅう》所の生き血の崇《たた》りがあの湖にはあるのだろう」
 一週間ぐらいは、その噂《うわさ》で持ち切っていた。
 セコチャンは、自分をのみ殺した湖の、蒼黒《あおぐろ》い湖面を見下ろす墓地に、永劫《えいごう》に眠った。白い旗が、ヒラヒラと、彼の生前を思わせる応援旗のようにはためいた。
 安岡は、そのことがあってのち
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