り食ひ物にされるのである。資本家はいろんな贅沢な食ひ物に飽いては、「これに限る」と云つて、われ等沢庵を食ふのである。彼等の食ひ物は沢庵に初まつて沢庵に終るのである。そして彼等の偉大なる顎と、臓腑とは今の処食ひ過ぎの為病気を起しさうな模様は無いのである。
兄弟よ。上からの圧迫が重いとお互の間の関係は、恐ろしく窮屈になる。互に足を踏み合ふ。肩と肩とが打つ衝り合ふ。けれどもそれは沢庵の知つたことでは無いのである。重しがさうさせるのである。窮屈だからと云つてお互に喧嘩してはならない。世界は樽の中の、われ等萎びた大根と、糟と、それだけつ限《き》りのものではないのである。
資本家及び資本家の傀儡たる重し共は、無数に並んだ沢庵桶の側《そば》で、われ等の見る世界とは似てもつかぬ世界を見てゐるのである。沢庵より上る利益の計算のために必要な算盤や、コムパス達は、今日《こんにち》の土曜と明日《みやうにち》の日曜とを利用して、魚釣《うをつ》りに出かけるのである。
彼等にとつては、われ等はたゞお互に押つけ合つて汁を出してさへゐればいゝのであつて、われ等が生き生きした清新な大根であることは怖るべきことなので
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