ような仕事の日には休業しちまうんだね。これが一番効果の上がる方法だと思うんだ」リーダーは、実戦の闘士、藤原であった!
「そんなことは、一体どこで相談をするんだい」西沢がたずねた。
「それは、もし、コーターマスター全部が承知したら、コーターマスターの室でやろうじゃないか」と小倉が言った。
「それはいいだろう」で、本部は三畳敷きに足りない舵取《かじと》りの室を第一の候補地にした。コーターマスターがはいらなかったら「おもてでいいさ」ということになった。
「それで、いつ一体やるのかい」波田が今度は聞いた。
「いつがいいと思う」と藤原は反問した。「それは皆が一番いいと思った時が、いいんだ」
「おれは出帆の時がいいと思うぜ。出帆の時におれたちが遊んだら、第一ワイアやホーサーが桟橋からはずれっこねえんだからな。ヘッヘッヘヘヘヘ」と西沢は、戦闘を開始したような気でいた。
「そうさなあ……出帆の間ぎわに要求書をブリッジへ持って行くか?」小倉が言った。「『これを承認してください。何でもあたり前のことです』とやるか」
「そうじゃないよ。要求書を、やつの目の前へつきつけるんだよ。『やい見えるかい、え、これに判をつけ、さもねえと、正月は横浜じゃできねえぜ』と高飛車《たかびしゃ》に出たら随分痛快だろうね」西沢はいった。
「出帆の時はいいだろう。第一、おれはチエンロッカーにはいらないよ」波田は、自分のあの困難な仕事が、船の出帆に際して、どうしても省略することのできない重大な作業であることを、ハッキリ見ることができた。「おれたちを月給|盗棒《どろぼう》みたいに考えることは、まるで違ってるってことをハッキリ思い知らせた方がいいだろうよ」彼は、何だかほんとうに、人間として、労働者として、貴《たっと》い犠牲的な、偉大な事業に、初めて携わりうるという晴れがましい誇りと、自信とを感じないわけには行かなかった。
「だが、これがよし通ったにしても、これが最後の勝利ではないということを、よく考えて、なるたけ大事をとってくれないと困るよ。たとえば要求は通ったけれど、あとで気をゆるめたために、毎航海毎航海、一人《ひとり》ずつ下船させられたなんてことになると、二、三航海のうちに、また元々どおり、ほかの人間は搾《しぼ》られるし、僕らだってばかを見なけれやならないからね、争議は、その時も大切には相違ないが、跡始末がもっと大切なんだからね」藤原は、彼の苦い経験を思い起こした。「せっかくきれいに掃除《そうじ》しても塵取《ちりと》りですっかり取ってしまわないで、すみっこの方にためときでもすると、埃《ほこり》はすぐに飛び出して、前よりもきたなくなるようなものだからね。ことに、三上のような捨てっぱちなやり方は、残った同志のことを思えばやれないはずだと思うよ」藤原は、一切のプログラムを腹案しつつ言った。「でボースンやカムネ(カーペンター――大工――の訛《なま》り)はどうするんだね」波田はボースンや大工が裏切り者になりはしないかを恐れた。彼らは籠《かご》の中で孵《かえ》った目白のようなものであった。自分の牢獄《ろうごく》を出ることを拒む、その中で生まれた子供のようであった。彼らは船以外に絶対に、パンを得られないほど、船に同化されていた。たとえば彼らは、ちょうど人間ほどの太さのねじ釘《くぎ》にされてしまったのだ。それは船のどこかの部分に忘れられたようにはまり込んでいるのだ。そして、それは大切なねじ釘なんだ。だから錆《さ》びるまでそこへそのまま置かれるのだ。錆《さ》びると新しいのと取り換えられねばならない。
彼らはねじ釘の本質に基づいて、船体に錆びついているものと見なければならなかった。
「よっぽど例外ででもなけれや、あいつらが船長に闘争を宣言するなんてこたあないよ」とストキもいった。
「それやあたり前さ、今夜だって、ボースン、大工は、チーフメーツに大黒楼に呼ばれて、そこで飲んでるんだぜ。もちろんやつらあ、ねじ釘さ! だがやつらはかえっていない方が足手まといがなくっていいよ。今夜は貸金の利子を勘定する日さ」西沢は、すばしこくスパイしていたのだった。
「おれたちは毎月の収入の五分ノ一ずつ出し合って、やつらに芸者買いをさせ酒を飲ましとくんだなあ」波田が言った。
「では」藤原が言った。「要求書は僕が原稿を作って、それがまとまった上で、清書して判をおして、それから提出ということにしようね。それまではもちろん、絶対に秘密、しかし内容を秘してコーターマスターを説くことは小倉、君に一任しよう。ね、それでいいかしら、ほかにまだ考えて置くことはなかったかしら」彼はちょっと頭を軽くたたいて考えた。
「もういいようだね」西沢が答えた。「だが波田君には菓子が、僕には酒と女とが足りないような気がするね」彼は大口をあいて笑った。空気まで寂しさに凍りついたような、静けさを破って、声は通りへ響いた。
「波田君、どうだい、そんなにいけるかい」藤原は立ちながらきいた。
「もういいよ。でも食えば食えないことは無論ないけれどもね。財政が許さないさ。ハハハハ」と笑った。
四人はおもてへ出た。西沢は「ひやかして、一杯ひっかけてくる」と言って坂を遊郭の方へ上がって行った。三人はそろって、どこか、そこが外国の町ででもあるような感じを抱《いだ》きながら、馬蹄形《ばていがた》にその船へ向かった。
ボーイ長は波田から菓子のみやげをもらって喜んだ。
三人は、紅茶のおかげで眠られぬままに、ボーイ長のそばで、ストーブに石炭をほうり込みながら、前のボースンが、直江津《なおえつ》でほうり上げられた悲惨な話を、思い起こしては語り合った。
三四
それは、ここに今書くべきことではないかもしれない。けれども、それは書いた方が都合がいい。船長とは一体何だ? それの答えの一部にはなるだろう。
それは夏の終わり、秋の初めであった。時々暑い日があって、また、時々涼しすぎる夜があるような時であった。万寿丸は同じく吉竹《よしたけ》船長――これはやっぱりこの船のブリッジへ錆《さ》びついたねじ釘《くぎ》以外ではなかった――によって、搾《しぼ》ることを監督されていた。そして小樽《おたる》から、直江津へ石炭を運んだ時の、出来事であった。
本船が秋田の酒田港《さかたこう》沖へかかった、午後の一時ごろであった。まるでだし抜けに滝にでも打《ぶ》っつかったか、氷嚢《ひょうのう》でも打《ぶ》ち破ったかと思われるような狂的な夕立にあった。その時、船首甲板には天幕《ウォーニン》が張ってあった。それが、その風にあおられて、今にも、デッキごとさらって行きそうにブリッジから見えた。船長はすっかりあわてた。そして、あれをすぐ取れと、命じた。その時、夕立前の暑さで、おもては皆裸で昼食後の眠りをとっていた。そこへ、コーターマスターが駆け込んで「ウォーニン」をとれと伝えた。
波田、三上、藤原、西沢らは元気盛りではあるし、船長をそれほど「怖《おそ》」れてはいなかったので、猿股《さるまた》一つで飛び出した。仙台と波田とは全裸で、飛び出した。それは風呂《ふろ》のない船においてのいい行水《ぎょうずい》であった。だが、風が猛烈なので、仕事はすこぶる危険であった。ウッカリするとウォーニンのあおりを食って、海へ飛んで行かねばならなかった。それにしても、若い水夫らにとっては、それは、全裸であばれ回ることが「痛快」なことであった。彼らはしまいには、少々寒くなりながらも、裸でその作業をなし終えた。ところが、妙な船長だ! ボースンが裸ですぐ飛んで出なかったというので、ひどくボースンをしかったのだ!
全くこれは予想外の悪い結果を水夫たちはもたらしたものだ。水夫たちでは、漁船じゃあるまいし、全裸で「船長」の見て「いられる」前で作業することは無礼だと、船長は考えるだろう。だが、ウォーニンを取りはずすことは、また急いでいるんだろう。だから、こういう時を利用して、やつの鼻先におれらの×を拝ませてやれというつもりだったのだ。
ところがその晩ボースンは船長から「ねじ」のぐらつくほど「油をしぼられた」のであった。「そんなふうでは非常の時に役に立たない、かえって邪魔になるくらいなもんだ」というんだ。
それにはボースンはひどくしょげた。水夫たちも、方角違いの飛ばっちりに、いささか、恐縮したのだった。
だがそれは、問題にならずに、直江津に着いた。直江津の初秋! それは全く、日本海特有のさびしい景色《けしき》であった。さらでだに、人恋しい船のりは、寂しい人なつっこい自然の情景の前で、滅多に来る事のない直江津の陸をながめて恋い慕った。
ところが困ったことには直江津の海はきわめて遠浅であって、おまけに少し風が吹くと、そこはのべったらな曲線をなした海岸であるために、汽船は錨《いかり》を巻いて、大急ぎで佐渡《さど》へと逃げねばならないのであった。
佐渡へ避難する! それもまたセーラーたちには結構であった。そこにも、珍しい街《まち》、珍しい風俗があるのだ。
万寿丸は別に錨を巻いて逃げるほどのことはないが、石炭積み取りの艀船《はしけ》は波で来られないという、はなはだじれったいあいまいな日が三、四日続いた。これには、船長はおろか、だれでも癇癪《かんしゃく》を起こした。
そうかといって、わが万寿丸が、不良少年のように、ノコノコ佐渡までも女狂いには出かけられないのであった。
ちょうど、その時日曜が来た。船長は直江津の艀船《はしけ》の腑甲斐《ふがい》なさを、冷やかす意味において、水火夫全体へ向かって、当番を除いたほかの者は、ボートと伝馬《てんま》とをおろして、練習していいという、本船初まって以来の計画と壮挙とが発表された。そこで、伝馬にはデッキ、カッターにはエンジンということに振り当てられた。
この計画が発表されると、同時に、ボースンと、今の大工、三上の三人は逸早《いちはや》く隠謀をたくらんでしまった。それは、伝馬を、どんどん漕《こ》いでって、上陸して直江津の女郎買いを「後学のため」にして、朝帰って来ようというのであった。そのためには、グズグズしてると不純な分子藤原のごとき、小倉、波田のごときが乗り込んで来ると、いけないというので、気脈相通ずる火夫長とナンブトー(ナンバーツーオイルマン)とを誘惑して、伝馬を占領してしまった。これは無邪気なおもしろい企てであった。この企ては必ず喝采《かっさい》を博すると、彼らは考えた。
直江津の町は、沖から見ると、砂浜から、松がところどころに上半身を表わしていて、街《まち》はほとんど、その姿を見せないようなところであった。それは、隠されるとなお見たくなるという人心をはげしく刺激した。おまけに、だれかが直江津へ一度来たことがあるのであった。
「ここの女郎は、皆亭主持ちなんだぜ! そして、みんな自分の家を持ってるんだぜ、自分の家へ連れていくんだぜ、素人《しろうと》みたいなのや、かと思うと芸妓《げいぎ》も及ばないようなのがいるんだぜ。そして、皆素人素人してるんだぜ。まるで自分の家へ帰ったようなものだぜ。日本一だ! 全くここの女郎買いを知らないやつは船のりたあいえないくらいなんだぜ」それは、恐ろしく皆の者を興奮させた。有夫の女郎、素人の女郎! 人に飢えた船のりはもう有頂天にされてしまったのであった。それはまるで錦絵《にしきえ》の情緒じゃないか。
それは、全くおそろしいほど、彼らの好奇心をそそった。素人の娼婦《しょうふ》! 一軒を持っている娼婦! それは全く独特のものであった。
この興奮剤は、恐ろしい偉力を現わした。伝馬は直ちにおろされた。
彼らは大騒ぎをしておろした。それは難なく、海面へおりた。そして、三上は、実際直江津の漁夫を笑うかのように、楽々とおもてへ漕《こ》ぎ寄せた。ボースン、ナンバン、ナンブトー、大工、という順序にロープを伝って乗り込んだ。
櫓《ろ》が二|挺《ちょう》立てられた。三上と大工とがそれを押した。
波の山、波の谷を、見えつ隠れ
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