保つために、一刻も放擲《ほうてき》しては置けなかった。
 そこへ水夫らは全部かけつけた。あるものは、カバーの金板《かねいた》をバーで動かそうと試みた。この間にも波浪は、船首甲板ほどではないにしても三、四|度《たび》、ここを洗った。
 水夫全体の力と小倉との力は水夫見習いを、鎖とカバーの間から引っぱり出すことができた。けれども見習いは、引きずり上げられた溺死体《できしたい》のようにだらりとして、目ばかりを宙につっていた。彼は直ちに、水夫|二人《ふたり》にかつがれて、最も震動と、轟音《ごうおん》のはなはだしい船首の、彼の南京虫《なんきんむし》だらけの巣へ連れ込まれた。
 仕事着を彼から脱がせることは最大の急務であった。が同時に最大の困難でもあった。まるで帆布作りの仕事着ででもあるように、それは凍りついていたのである。ついて来た藤原は、その腰のメスを抜いて見習いの仕事着を上手《じょうず》に切り裂いた。そして、彼の寝間着が、上にかけられた。
 ボーイ長の右手と右の肺の部分に紫暗色の打撲傷ができていた。そして左足の拇指《ぼし》が砕けていた。
 ストーブがないために、水夫らははなはだしく寒かった。
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