、食事をそれほど待ち、むさぼるのは、それが自分自身のためにする(これは資本家のために、再生産することにもなる)唯一の生活手段であるからだ。自分のためにする何らの仕事のない時、ただ一つの自分自身の事があるならば、それはだれにでも、重大に取り扱われねばならないことだ。ことにそれがパンの問題に関する時は、なおさらそうでなければならない。
 実際彼らは、その食事を、実際より以上に、想像をもって調理して食うのである。じゃがいものうでたのが塩で味をつけて盛られてあると、彼らは、それをキントンと呼ぶのである。そして、それは全くきんとんのようにうまいのである。
 外国航路における船では、決してこんな状態ではないが、それにしても心理的には、やはりそうである。けれども、万寿丸は、これがはなはだしい。万寿丸では、船主は甲板部に豚を飼っているつもりででもあるらしい。
 「こんな状態では、だれでも、心細さからだけでも、のどまで詰め込みたくなることは事実である」と。これがストキのプロレタリア哲学であった。
 事実、ストキは質《たち》が悪い、第三者のつもりで、自分があらかじめ腹を作って置いて、その状態をながめる時に
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