は、一々塗ることが不可能であるために、二人のセーラーはワイアをグリスのついたウエスで握ってるという形になって現われるのであった。
 巻き方は骨が折れた。と同時にグリスの塗工《とこう》も寒かった。そして、その全体の者にとって最も苦痛な点は、凍寒と、眠いということであった。
 寒さは全く著しかった。合羽《かっぱ》をバリバリに凍らせた。皮膚が方々痛かった。歯が合わなかった。からだがしびれて来るのだった。そして、眠りは、もっと強く、水夫たちを襲った。賃銀労働のあらゆる刹那《せつな》が必要労働と、余剰労働とに分割されうるように、あらゆる刹那に、寒さと、眠さとが、まるで相反した刺激を彼らに与えた。
 寒さに対しては、彼らは必要以上に、からだを揺り動かした。眠さに対しては、彼らは膝《ひざ》関節が、グラグラして、作業が空《くう》になるのであった。そして、それが、お互いに、いたちごっこをしているのであった。それはまるで、冗談半分にやってるとより思えない格好であった。
 セキメーツは絶えず、怒鳴り散らした。実際セキメーツにとっては、水夫らがそんな格好をすることは、仕事の能率の妨げになり、ことに「おれをばか
前へ 次へ
全346ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
葉山 嘉樹 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング