たんだろうか? と考えることがあるんだよ。『おれはあの犬になりたい』と奴隷《どれい》は主人の犬を見て思わなかっただろうか。『おれは燕《つばめ》になりたい』と、だれかが残虐な牢獄《ろうごく》の窓にすがって思わなかっただろうか。『おれは猿《さる》になりたい』と、詰まらぬ因襲と制度とから、切腹を命じられた武士は思わなかっただろうか。『おれは豚になりたい』と乞食《こじき》の子は思ったことはないだろうか。小倉君。僕は、行く行くはそうなることを信じているが、今では、人間は万物の霊長でもなんでもないと思ってるよ」藤原は煙草《たばこ》に火をつけた。
 「それや僕もそう思うなあ。僕だって鱶《ふか》になりたい、と思ったことがあるもんなあ」と、波田は初めて、その突拍子《とっぴょうし》もない口をきった。
 「人間は万物の霊長であるないにかかわらず、人間だってことは僕は信じるよ。だが、人間が万物の霊長だってことは、僕も、もっとも僕は今まで、そのことをそんなふうに問題にしたことがなかったがね、人間は、ともかく賢い動物だとは思っていたよ。賢いくせに、詰まらぬところに力こぶを入れたり、どんな劣等動物でもしないような詰
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