寿丸は横浜港内深くはいって、ほとんど神奈川《かながわ》沖近くへ投錨《とうびょう》した。
本船が港内にはいるや、すぐに会社からのランチが、本船のまわりを水ぐものようにグルグル回りながらついて来た。
それは十二月三十一日であった。大晦日《おおみそか》であった。それは、いかなる労働も休んでいるはずであった。けれども、その当時は戦争が、ヨーロッパにおいて行なわれていた。そのために、狂的な経済的好況が、日本のブルジョア階級を、踊り菌《たけ》でも、食った人のように、夢中に止め度もなく踊り狂わせた。そして、その有頂天な踊りと、そのための労働者へ対しての節欲とが、その大晦日に、仲仕をして石炭荷揚げをなさしめた。すなわち、万寿丸には、仲仕が、ランチにひかれた艀《はしけ》の中に満載されて送りつけられた。仲仕――権三といわれていた――は、特別の賃銀を支払われると言う約束で、明日《あす》のお屠蘇《とそ》の余分の一杯をあてにしてやって来たのだ。
人足の艀《はしけ》は本船へつけられた。ロープを伝って猿《さる》のように駆け上がる。彼らは、ただ競争するのだ。そのために得るところは彼らを駆って過度労働に追い込み、
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