《ばせい》と足踏みとが聞こえた。「燃やしちゃうぞ!」と聞こえた。
 私はこの「燃やしちゃうぞ」と言う言葉の来歴を話したいが、ごらんの通り今はとても忙《せわ》しくて。
 「そうではないか!」波田は立ち上がった。
 「尊い人間の生命を等閑にしたのは、どいつだ! ボーイ長でも、父と母とから生まれて、人間としての一切の条件を、貴様らとすこしも異なるところなく、具備しているんだ! それだのに、どうだ! ボーイ長が負傷してから、一度でも、貴様は、彼のことを考えたことがあったか、貴様に、人間の生命を軽蔑《けいべつ》することをだれが許したんだ!」
 彼は夢中になってしまった。
 「もし、貴様が、この上も、ボーイ長に対して、畜生の態度をとるなら、おれにも、覚悟がある! 貴様がボーイ長を見殺しにするなら、おれは……」とうとう波田は、その腰にさしていたシーナイフを引き抜いた。
 「あぶないっ!」と皆が叫ぶ前に、彼は、それをテーブルの上に、背も通れと突きさした。
 「おれは、畜生に対して、人間として振る舞われないんだ!」
 一座は、死んだように静かになった。扉の外の連中は、目ばかりになって、息を殺して成り行き
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