癪《しゃく》にさわることであったが、それは、彼がそれでパンを得ている以上、仕方のない災難なのであった。彼は、彼もパンのために、そのいやな仕事を持っていることを知ると同時に、もっと悪い条件の下《もと》にパンを求めているものがあり、それが「おもてのならずもの」どもであることを知らねばならないはずであった。ところが、彼は、ブルジョアが、彼と自分とを区別してるとすっかり同じように、彼とセーラーらとを区別していた。「おれは紳士だが、やつらは労働者だ」あるいはもっと正確には「おれは人間だが、やつらはセーラーだ」と。
チーフメートは、限りなき嫌悪《けんお》の情を含みながら、ボーイ長をめちゃくちゃに、イヒチオールで塗りまくることを、(面倒臭いあまりに、そうするのではない)というふうにセーラーたちに見せたかった。彼はなさなければならないことの形式だけをやって、しかも感謝の念をセーラーたちから盗もうとさえたくらんだのであった。
黒川鉄男《くろかわてつお》、これがチーフメートであった。黒川は、イヒチオールを塗りまくる間に、口をきくことは、それほど仕事の能率を妨げないし、また、それ以上仕事を、きたなくも困
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