ないのであった。
彼の村は、山陽道と山陰道を分ける中国の脊梁《せきりょう》山脈の北側に、熊笹《くまざさ》を背に、岩に腰をおろしてもたれかかっているような、人煙まれな険阻《けんそ》な寒村であった。その村の者は森林の産物をその生活資料としていた。ところがそれらの森林は国有林になってしまった。そこで、その村の者は、監獄へ行くか、餓えるかという二つの道のどちらかを取るようにしいられた。小倉の生まれた村の小径《こみち》とも、谷川ともわからない山径《やまみち》は、監獄の方へ続いていた。わずか三軒の家をもって成り立っているこの村は、その各家から戸主を監獄へ奪われた。村から最年少は六つ、最年長十六の間の、十三人の男児は滅亡に瀕《ひん》している故郷を救うために、社《やしろ》のように神寂《かみさ》びたその村をあとに、世の中を目がけて飛び出したのである。そして、村に金を送る代わりに、村から労働力を搾《しぼ》られに来たという形なのであった。
でもし、彼が、これに参与して、この企てが失敗するならば、彼は、今まで三年間、全力を傾倒してそれに向かって進んだ高等海員どころでなく、下級船員からさえもその職業的生命を
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