ん、登別に行くんで、急いでるんだよ」
 「ところが、こっちはもっと急ぎの用事なんだ、ちょっと頼む」
 ボーイは再び船長室の扉をたたいた。
 「ぜひお目にかかりたいといっています」
 「だめだ! 時間がないんだ!」船長は鏡の中の自分に見入っていたが、チェッと舌打ちをした。
 「うるさいやつらだ、用事は何だときいて見ろ」ばか野郎めらが、と、彼は考えの中でつけ足した。――手前《てめえ》たち全体の運命は横浜までだ。代わりのボースンはもう横浜まで来てるんだのに、ばか野郎らが――船長は蛆虫《うじむし》どもの低能さに対して、ちょっと冷やかしてやってもいい、という気を起こしたほどであった。
 「ボーイ長の負傷の手当てをするために、室蘭公立病院へやっていただきたい、というのだそうでございます」
 「ボーイ長! そんなものはだめだ、と、そういっとけ」何だ一体ボーイ長の負傷とは、ばかな。そんなものは船の費用から出せるかい。べら棒な。冗談も休み休み、機《おり》を見ていうがいいんだ。時もあろうに、自分らの首の運命の決していようという時に。それに今は上陸間ぎわじゃないか、ゴロツキどもめが! 船長は、ボーイ長が負傷
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