産んだ、私の知らない、ほんとの私のおとうさんだわ、ホホホホホホ……私おとうさんに……」
二一
その夜は全く悪魔につかれた夜であった。人間の神経を鏝《こて》で焼くように重苦しい、悩ましい、魅惑的な夜であった。極度の歓《よろこ》びと、限りなき苦しみとの、どろどろに溶け合ったような一夜であった。
三上にも、小倉にも、それは回視するに忍びないような、各《おのおの》の思い出を、その夜は焼きつけた。それは永劫《えいごう》にさめることのないほどの夜であるべきであると思われた。それほどその夜は二人《ふたり》にとって大きな夜であった。
人間の一生のうちに、その人の一切の事情を、一撃の下《もと》に転倒させるような重大な事件があり、社会においては、全社会を聳動《しょうどう》せしめるような大事件がある。そして、それらの事件が必ず夜か昼かに行なわれ、その事件とはまるで関係なしに、夜になったり、朝になったりすることは、個人として、社会として、その事件に当面したものに、ばかげた、不思議な感じをきっと起こさせるものだ。中には「ああ、おれにとって、あれほど重大なことがあったのに、どうだろう、夜が明け
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