んたの方がかわいそうだわ」と女は、しんみりといった。
 「陽気に見えたからって、その人間は何もかもが苦労がないわけじゃないだろう。あれはね、さびしくてたまらないからはしゃいでるんだよ。それにあの男にはね、苦労があるんだ。私もあの男のために一つの苦労を持っておるんだ」と小倉は女が、しいて彼のきげんをとるに及ばないことを暗示しようとした。
 「まあ! あんたは若いおじいさんね。あの人より若いんでしょう。だのに息子《むすこ》の事でも気にするように、あの人のことを気にしてるわ、でも、あなたは、いい人ね」と、だんだんまじめになりながら、女はそれでも、「ひやかすのよ」といった調子を含めていった。
 「どうしたんだ。大変おそいね、便所が」と、小倉は女にきいた。
 「あら!」と女はわざと驚いて見せて、「もうおやすみになったんだわ、あなたまだ厠《かわや》にいらっしゃらない」
 「もう幾時ごろだろう」
 「三時よ、もうじきに。やすみましょうよ。ね」
 「だけど、僕今夜じゅうに船にあの男と一緒に帰らなけれゃならないんだがなあ」小倉は困ったようにいった。
 「なぜ? 私がいやなの。だったら私代わってもいいわ。
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